空も明るみ始めた8月8日4時30分、私はJR中央線国分寺駅のホームで始発を待っていた。
入𨦇のスタンプが押された18きっぷを握りしめ、これからの旅路に想いを馳せていた。
定刻通りにやってきた中央線は4時42分きっかりに国分寺駅を発った。
5時32分、東京駅に到着。
ここから東海道本線を乗り継ぎ、兵庫県三ノ宮駅を目指すこととなる。
言い遅れたが今回は夏ということもあり、海を見るということが一つの目的だった。
ダイヤを考慮すると神戸が比較的訪れやすかったため、初日の目的地となったという次第だ。
5時46分、東京駅を出発。
東海道本線を鈍行で東京以南へ出るのは初めてということもあり、気分は非常に昂揚していた。
静岡県に入ったあたりで眼前に広がる太平洋に筆舌に尽くしがたい感動を覚えつつ一人旅を噛みしめていた。
列車に揺られることおよそ2時間半、8時5分に乗換駅の沼津駅に到着した。
いつの間にか駅名標が見慣れないものに変わっていることに驚いた。
なるほど、JR東日本からJR東海へと管轄が変わったのである。
関東圏から大分離れたことへ浸る間もなく、8時8分に沼津を出た。
その後、浜松駅、豊橋駅と乗り継ぐこととなる。
豊橋駅に着く頃にはかなりの空腹感を覚えていた。
乗り換えの時間もさほどなく、売店でサンドイッチとおにぎり、
コーヒー牛乳を買うにとどまったが、それでも多少の活力となった。
続いて大垣駅、米原駅と乗り継ぐのだが、米原駅で再び駅名標が変化する。
JR東海からJR西日本区間へと入ったのだ。
青ベースの駅名標は何となく垢抜けないなどと失礼なことを考えつつ、13時20分、列車に乗り込んだ。
ようやくここから三ノ宮まで一本の列車で行けることとなる。
岐阜県内は、私の郷土・栃木県を彷彿とさせる田園風景が広がっていたが、
京都府にさしかかると一挙に都会の町並みへと変遷していった。
地元の高校生や営業周りのサラリーマンなど実に多様な人々が列車に乗り込んでくる。
誰一人として私のことを知るものはいないし、私も彼らのことを知らない。
改めて一人であることを実感した瞬間である。
少々センチメンタルな気分になったところで、ついに初日のゴール地点であるJR三ノ宮駅に辿り着いた。
15時7分、実に10時間と25分の長旅であった。
疲労困憊だった私を待ち構えていたのは、東京のそれとは比較にならないくらい暑い陽射しであった。
だが私は到達した満足感とこれからの期待感で、それすら楽しんでいた。
神戸で特にやることも決めていないので、
お腹も空いていたことからとりあえず南京町(中華街)へ向かうことにした。
三宮センター街を足早に通り抜けた先に、「長安門」と描かれた荘厳な門が設えられていた。
食欲の赴くまま入った料理屋でフカヒレラーメンなるものを食してみたが、正直微妙なお味。
もっと無難に中華まんとか食べておけば良かったと後悔したが、腹は満たされたので改めて散策に向かった。
目指すは海、神戸港である。
異国情緒溢れる町並みを歩くこと十数分、目の前には陽光を湛えた瀬戸内海が広がっていた。
海なし県出身の方は分かると思うが、眼前に海洋が広がっているだけでテンションが上がるものなのである。
早まる気持ちを抑え、まずは大人しく神戸港震災メモリアルパークを見学することにした。
惨禍を後世に残すため、崩落した地形などがそのまま残されていたり、
当時の写真が掲示されていたりと、非常に考えさせられる場所であった。
ひとしきり見終わった私は波止場へゆっくりと歩を進めた。
吸い込まれるような碧だった。
行き交う船を茫然と眺めていた。
この海もいずれは故郷へと繋がるのだろうか——。
そんなことが頭をよぎったが栃木に海なんてあるはずもなかった。
夏とはいえやはり陽は沈んでいく。
長かった一日を労うように優しい夕陽が感傷を誘う。
気が付けば私は神戸空港の展望デッキで西の空を眺めていた。
誰も見ていない中、一人しみじみと生を実感していたのだがそこであらぬことに気付いてしまった。
そう、あまりにも素敵な訪問先に宿泊先を決めることをすっかり忘れていたのだ。
私は慌てて携帯を開きネットに接続した。
本来ならフラッと探し当てた宿に飛び込むのが一人旅の醍醐味なのだろうがそこは現代っ子、ネットを大いに活用する。
なんとか神戸市内のカプセルホテルへありつけ安堵した私は、空港のロビーでソフトクリームを頂くことにした。
まろやかで美味しかった。
あたりはすっかり暗くなってしまったが、市内はまだまだ賑わっていた。
ストリートライブに耳を傾け、喧噪の中を縫うように歩き、
高架下の焼きうどん屋でホルモン焼きうどんを食し、カプセルホテルへと歩を進めた。
初めてづくしの旅だが、カプセルタイプのホテルもやはり初体験であり、また違った趣の緊張感を持っていた。
風呂で一日の垢を落とし、いよいよあとは寝るだけとなった。
翌日もまたハードなスケジュールだ。
一日を振り返りつつ、明日からの行程に期待を抱き、この日を締めくくった。