昨日はあれほど動いたというのに、早朝5時きっかりに目を覚ました。
始発が5時34分であるため、実はかなりギリギリなのだが、どうにか間に合った。
この日の目的地は愛媛県の下灘という場所である。
というのも、かつては日本一海に近い駅だったらしく、
絶景を拝むことができるというから是非訪れてみたかったのだ。
今回の旅で一番の楽しみといっても過言ではないかもしれない。
ある程度楽しむためにはそれなりの時間が必要だということで、早朝の出発となった訳なのだ。
というわけで朝食をとる暇もなく電車に乗り込んだ。
東海道本線から山陽本線に直通しており、西明石駅が最初の乗り換えとなった。
その後は姫路駅、岡山駅と乗り継ぐこととなる。
岡山駅では、宇野線・本四備讃線・予讃線からなる瀬戸大橋線へと乗り換えた。
その名の通り瀬戸大橋を渡るのだが、これは実に風情のある鉄道であった。
雄大な海を眺めつつ、四国へと至った。
時刻は9時23分、四国最初の駅、坂出に到着した。
ここからはJR四国の予讃線を乗り継いで下灘駅へと向かう。
予讃線は実にのどかな路線で、これまた郷里・栃木を想起させた。
ワンマン列車で整理券があるあたり、地元の真岡鐵道を思い出す。
もっとも、時折海岸線が顔を出す点や馬鹿にならないほどの暑さという点は異なるのだが。
それでもただひたすらに広がる田園風景や寂れた駅舎などはよく似ていた。
多度津駅、伊予西条駅と乗り継ぎ、14時7分、愛媛が県都・松山駅に辿り着いた。
ここでは30分ほど待ち時間があるため、朝から何も食べていない腹を満たすことにした。
駅を歩けば自ずと目に入るのは改札口だが、驚いたことにそこでは駅員が入鋏していた。
JR各社において唯一ICカードも導入していないことも驚愕だが、これはそれ以上にたまげた。
いや、かつてはどこもそうだったのだろうが、平成のご時世、
県庁所在地の名を冠した駅で自動改札未導入というのはにわかには信じられなかったのだ。
世界って広い、妙なところで感動する私だったが、
ひとまず腹ごしらえをせねばと、改札を尻目に売店へと向かった。
名物だという松山鮨と八十八茶を購入し、列車へ乗り込んだ。
ちらし寿司の一種のようだが穴子なぞ入っており実に美味い。
昼食も取り終わった14時37分、列車は松山駅を出発した。
列車に揺られること20分弱、最後の乗換駅である伊予市駅に到着した。
ここからは非電化区間、つまりディーゼルエンジンで走る列車になる。
再び真岡鐵道の記憶が蘇り、予讃線に親近感を覚えた。
あとはこの愛すべき列車に乗り、下灘へと向かうだけだ。
車内には仰々しい一眼レフを携えたグループがちらほら散見された。
ほう、こやつらも地方路線を旅しているのだな、大いに結構。
ここで話しかければつながりを持てるのだろうが、生来の人見知りが災いし、
私は一人列車後部の窓際で景色の眺望を決め込んだ。
そしてついに待ち望んだ時がやってきた。
15時19分、下灘駅に停車した。
内心ほくそ笑みながら18きっぷを車掌に見せ、颯爽とその地に降り立った。
ライトブルーの車体と煌めく大海原が真夏の風にとけ込んでいる。
まばらではあったが、観光客や地元住人もあり、一時の会話を楽しんだ。
また、駅舎には交流ノートもあり、気の赴くまま想いを書き連ねてきた。
ひとしきり下灘の光景を目に焼き付けたのち、周囲を探検することにした。
線路と海に挟まれた位置に国道が走っており、そこを北上する。
夕やけこやけラインという愛称を持つ、その国道378号線に沿って歩いて行くと、所々に海へ下る階段がある。
言うまでもなく海へと下りてみる。
危険を示す看板があった気がするがそんなもので止まる私ではない。
一面に広がる消波ブロック。
その上にひしめくフナムシたち。
太陽を背に飛び回るカモメ。
そして雄々しく打ち寄せる荒波。
僕はこのときモーレツに感動していた。
ずっとここにいても良かったのだが、いかんせん真夏の愛媛である。
日射病になっては元も子もないので再び歩くことにした。
目の前に現れたのは非常に趣のある商店であった。
「くじら」という名で地元住人や観光客に親しまれているそうだ。
年配の女性が二人で切り盛りしていた。
他愛もない世間話をしつつ、いちじくジャムがかけられたバニラアイスを頂いた。
程よい酸味が疲れた身体に染み入る。
エネルギーを補給し、探検を再開する。
少し外れた小径を行き、山あいへ差し掛かったところで踏切を発見。
先ほど下灘駅へと至る際も通ったはずだが、間近で見ると妙に心が騒ぐ。
生い茂る木々の中に似つかわしくない人工物というギャップがそうさせるのかは定かではないが、
ある種郷愁のような感覚に陥ってしまった。
付近には民家もあったが、それもまた古めかしく、
まるでこの一帯は時が止まってしまったのではないかと錯覚してしまうほどだ。
さらに進むと今度は横道に長い階段が出現した。
どうやら神社のようである。
折角だから旅の無事を祈願していくことにていくことにした。
ひたすら登ると深閑とした境内に出た。
樹に囲まれた神社は些か不気味で、何より蚊が酷く多かった。
神前での殺生は気が引けるため、お参りもそこそこに引き返した。
御利益はあったのだろうか。
最後に向かったのは、道の駅が併設された海水浴場である。
というのもここは夕陽の名所であるらしいからだ。
日没まではまだ少々時間がある。
私はサンダルに履き替え、砂浜へ向かった。
水着もあるにはあったが、一人で海で泳ぐなどという悲しい真似はしたくなかった。
周りには親子連れかカップルしかいなかった。
一人旅の辛いところだ。
しかもこの海岸、恋人岬などという名前だという。
何となく悔しいので、いずれ伴侶ができたら連れてこようと決意した。
そんなこんなで日没時間になったのだが、生憎の曇り空で海へと沈み行く太陽を拝むことはできなかった。
残念ではあるが松山市内の宿へと切り上げることにした。
下灘から結構歩いたため、一つ前の伊予上灘駅の方が近い位置にある。
電灯も少ない中、著しく映えた列車の灯りが印象的な駅だった。
普段公共交通機関では睡眠をとらない(とれない)私であるが、この日ばかりは一日歩いた疲れから爆睡してしまった。
乗ったと思ったらすぐ松山駅に到着していたことには驚いた。
そして着く頃には丁度いい塩梅の空腹感を覚えていた。
県庁所在地の駅前なのだ、何かあるだろう、などという見通しは甘かった。
暗い、暗すぎる。
駅前には大通り、そしてそこを走る路面電車。
あまりの光景に閉口した。
東京での生活に慣れすぎると、このようなことですら特異なことだと感じてしまうが、地方ではこれが普通なのだ。
地元もそうだったではないか。
私はこの空気に飲まれてしまわぬよう素知らぬ顔で松山の街を徘徊した。
ようやく見つけたオーガニック系のごはん処で腹を満たし、宿へと向かった。
この日はビジネスホテル。
カプセルホテルと違って個室であることが嬉しい。
この日は実感としてかなり長く感じられた。
一日を振り返る間もなく眠りへ落ちていった。