流石に2日目で歩き回ったのが響いたのか、寝過ごすという失態をやらかしてしまった。
遅れること一時間、6時41分に松山駅を出発した。
再び瀬戸大橋線を用いて四国を後にすることとなる。
素晴らしい海の景色から遠ざかってしまうのは実に名残惜しかった。
伊予西条、坂出、岡山、相生、姫路と乗り継ぎ、この日は京都へと向かった。
3日目の目的地を京都にした理由は特にない。
漠然とした憧憬があったからかもしれない。
強いて言うならば、好きな小説家である森見登美彦氏が著した作品の舞台が京都ということで、
改めてその地を見たかったからといったところだろうか。
折角だからその小説にちょくちょく登場する、
「下鴨神社」と「鴨川デルタ」と呼ばれる場所へ行くことにしよう——。
風景を見ているくらいしかすることのない車内でひとまず目的地を決めると、腹が減ってきた。
初日に購入した神戸ドーナツを頂き、到着を待った。
15時45分、JR京都駅に到着した。
夏休みとはいえ平日の真っ昼間だというのに、数多くの人々で賑わっていた。
前日と比較するといかに四国がのどかだったということを思い知らされる。
私は人ごみをかき分け、向こう見ずに歩を進め始めた。
ひとまずこの構内から脱出し、昼食をとらねばならない。
しかしここで一つ問題が生じた。
2日目を終えた時点で預金残高が5000円を切っており、手持ちも2000円程度と、非常に心許ない。
もしこれがなくなるようであれば私はとたんに路頭に迷ってしまう。
残り3日を7000円強でやりくりせねばと戦々恐々しつつ預金を引き下ろしに行くと、
タイムリーなことに奨学金が振り込まれていた。
まさか学生支援機構もこのような使い道をされるとは夢にも思わないだろう。
いずれたっぷりと利子をつけて返還せねばならないが、それでもこの渡りに船の状況はありがたかった。
無事予算も確保でき、昼食も調達し、いよいよ京都探訪が始まる。
まず鴨川方面へと向かうが、碁盤目状に整理された京都の街並は素人にとっては迷宮そのものである。
通りの名を数メートルごとに確認し現在位置をこまめに把握しなければ、
たちどころに時空の狭間へと迷い込んでしまう虞がある。
路頭に迷うのも厭だが、時空の狭間に迷い込むのはもっと厭だ。
案内マップとスマホのGPSを駆使すればなんとかなると高をくくってみたが、それが間違いだった。
地図上ではほぼ変わらない位置にあった支流を鴨川だと思い込み、その川沿いをしばらく歩いてしまったのだ。
そこは小さな竹林が両サイドにあり、京都の妖しげな雰囲気がゆらりゆらりと醸し出されていた。
鬱蒼とした川沿いを歩いていると、なにやらふはふはした毛玉たちと遭遇した。
ふはふはした毛玉とは言わずもがな子猫のことであるが、これがまた食べてしまいたいほど可愛いのだ。
本当に食べてしまうのは忍びないので頭やら顎やらを掻いてやった。
いい年になる男が猫と戯れている様は実に気色悪かったのだろう、傍を通る人は皆そそくさと行ってしまった。
遠い異国の地で恥も外聞もない私は存分に毛玉たちを文字通り猫可愛がりし、再び歩を進めた。
するとすぐに大きな川にぶつかった。
なるほど、どうやらこちらが鴨川だったようだ。
先ほど歩き続けたのは全く違う川だったことにようやく気付いた。
かなりの時間と体力を浪費し若干の後悔もあったが、猫に触れたので気にしないことにする。
改めて鴨川の河川敷を進んでいく。
時刻は既に17時に差し掛かろうとしていたが、まだまだ陽は高かった。
川面に煌めく光に、どこか懐かしい夏の匂いを覚えた。
そしてそこには半袖のワイシャツで遊ぶ高校生たちや自転車で颯爽と駆け抜けてゆく小学生、
犬の散歩をしている老夫婦、等間隔で腰掛けるカップルなど多様な人々の時間が流れていた。
またしても望郷の念を覚え、不意に涙を流しそうになった。
歩くことおよそ1時間、私はようやく鴨川デルタへと辿り着いた。
陽もいい塩梅に傾き、また夏の一日が終わろうとしていた。
デルタではしゃぐ人々を尻目に私は一人佇み、秋到来の兆しを愁えていた。
夜は無論であるが、夏は黄昏時も趣深い。落ち着いた京都の風合いとよく調和していた。
デルタを満喫したのち、私は糺の森、下鴨神社へ向かうことにした。
こちらも先述の森見登美彦氏の小説でお馴染みだ。
森見繋がりで黒髪の乙女なぞが古本市の店番でもしていないかと期待したが、そんなことがあるはずはなかった。
深閑とした森の奥に設えられたお社で改めて旅の無事を祈願し、3日目の行程を終えることにした。
宿は京都駅近くのビジネスホテルを押さえたため、再び来た道を戻らねばならない。
さしもの私も徒歩はもう厭だったため市内バスを利用した。
1時間かけた道も、その半分以下の時間で到着するのだから素晴らしい。
すっかり夜になってしまったが、駅前は数多くのネオンで昼とは違う顔を見せていた。
かなりのカロリーを消費していたため、この時点ですっかり空腹状態となっていた。
駅地下で衣笠丼という京都名物を頂き、駅ビルから京都タワーをはじめとする壮麗な夜景を拝み、
コンビニ前にいた別のふはふはした毛玉と戯れ、エネルギーを蓄え宿へ戻った。
折り返し地点というものは往々にしてモチベーションを上げるのだが、この旅に関してはむしろ残念で仕方なかった。
残り2日だが、最終日は帰省が含まれるため、自由に動ける日数は翌日だけなのだ。
どこに向かおうか、ホテルで時刻表と向き合いながらプランを練った。
この3日間は大いに見聞が深まった。
翌日もまだ見ぬ土地へ足を運ぼう——。
例によってざっくりと乗り換えだけチェックするとそのまま眠りへついてしまった。