初日 鷹の台→和倉温泉



2014年10月17日4時50分。

ひしひしと肌を刺す寒さに秋の深まりを感じつつ、私は微睡みから抜け出した。

5時10分の始発列車に間に合うように、急いでコートを羽織る。

家を出ると、今回の旅の相方・カワサキがちょうどやってきたところであった。

挨拶もそこそこに急いで西武国分寺線鷹の台駅へと向かう。

今まで色々と旅をしてきたが、2人で鉄道旅をするのは初めてである。

果たしてどのような3日間となるのか、わくわくしながら薄暗いホームで始発を待っていた。

5時10分、予定通り国分寺行きの列車に乗り込む。

鷹の台から国分寺まではおよそ6分という短い乗車時間だが、

この時間がこの後待ち構える楽しい刻への思いを昂ぶらせる。

国分寺に降り立ち、予め購入しておいた秋の乗り放題パスに入𨦇してもらう。

いよいよ本格的に旅が始まる。

鷹の台駅
鷹の台駅。カワサキは顔出しNGにつきペンギンです。
国分寺駅
国分寺駅に入線する中央線(各駅停車)。


5時29分、まだ快速運転を行っていない中央線に乗車。

ここからまずは高尾まで向かう。

通勤タイプのロングシートではまだ都会の雰囲気が払拭できないのと、

2人ともまだ眠気があるのとでここでは新聞を読んだり仮眠をとったりと

各々好き好きに過ごしていた。

揺られることおよそ30分、5時57分、JRでは最初の乗り換えとなる高尾に到着した。

待ち時間が少々あるので一度下車してみる。

高尾駅は木造であり、東京にいながら味わい深いレトロな雰囲気を楽しめる。

カワサキも少々驚いているようである。

再びホームへ戻ると既に列車が到着していた。

これまた車両の旧き良きボディが素晴らしい。

ここから信越本線松本駅へ直通する中央本線に乗ることになる。

(乗り換えなしでも行けるが、先発列車に接続する岡谷駅で一度乗り換える)

高尾駅
高尾駅。趣のある木造建築である。
高尾駅
高尾駅に停車中の車両。


車内もボックスシートになり、慌ただしかった朝もようやく落ち着いてきた。

6時14分、滞りなく高尾を発つ。

ここから松本まではおよそ3時間という長丁場である。

寝ていけばいいのに、初の高尾以西への旅ということで興奮は冷めやらない。

カワサキにルートの説明をしたり、ひたすら車窓からの風景を撮り続けたりと、

会話の相手がいることを除けばいつもと変わらない過ごし方である。

山があっても山梨県とはよく言うが(言うよね?)、その実山梨県は山ばかりである。

というより山しかない。

見渡す限り山、山、山。

山梨に山はありまぁす!(©理研)


山梨県は山あり県。山ばかり。梨の要素はなし。

眠気に襲われたペンギン。


さて、この日は平日。

大月駅や山梨市駅を過ぎた辺りから通勤・通学客が増えてきた。

貸し切り状態だったボックスシートも相席で少々狭苦しくなってしまった。

折角の2人旅なのにあまり会話もできずにどうしようか思案していたが、

殆どの乗客は甲府駅でぞろぞろ降りていってしまった。

車内にいる乗客の少なさと秋の寒さが相俟って、寂寥感だけが残った。

若干寂しい気分のまま進んでいくが、ここで焦りを覚える事態に陥る。

次の乗り換え駅・岡谷では3分間の猶予しかないのだが、上諏訪駅到着の時点で2分の遅れが発生。

こればかりは我々の力ではどうすることもできないので、遅れを取り戻せるよう祈るしかない。

結局岡谷発の列車も接続待ち合わせで2分遅れて、9時10分の発車となった。

大体こういうときは逃してしまうのが私だが、今回は天が味方したようだ。

というよりカワサキ効果かもしれない。

そこで私は唐突に「カワサキ万歳!」と叫んだ。

カワサキは微妙な表情を作り、「そっすか」とだけ言った。

岡谷からみどり湖の新線区間はずっとトンネルが続く。

遠足と思われる地元の児童たちがはしゃいでいたが、私も人知れず胸の裡ではしゃいでいた。

塩尻を越えるとそこから篠ノ井線区間になるが、直通してるだけあってあまり変化はない。

先ほどの遅れを取り戻したのか、松本には定刻通り9時34分に到着した。

だがここも乗り換えは3分しかないため、うかうかしていられない。

岡谷駅
岡谷駅。翌々日にまた来ることになる。
国分寺駅
長野県内の様子。秋晴れだが空気は冷たい。
松本駅
松本駅。ここで信越線直通の篠ノ井線に乗車。
篠ノ井線
篠ノ井線車内。運賃案内が液晶であまりローカルっぽくない。


ワンマン2両の篠ノ井線、ここもまずまずのローカル線なのだがそこそこお客さんも乗っている。

信越本線に直通するのでこれで長野まで向かう。

カワサキは座っていたが、私はとにかく撮影をしたかったので運転席横の好位置に直立する。

出発していくらも経たないうちに停止信号が点灯。

中央本線での遅延もあり、また遅れるのではないかと不安になったが、

どうやらこれはデフォルトらしい。

山あいを走る篠ノ井線。

必然的に駅間・トンネル間が長くなる。

ところでよくよく見渡してみると、一眼を携えた鉄ちゃんがちらほらいるではないか。

ちょっとでも列車待ち合わせがあると車外に飛び出していくサマは鉄の鑑かもしれない。

しばらく乗っていると密かに楽しみにしていた姨捨駅に到着した。

残念ながら下車はできないのだが、ここでは山間部ならではの楽しみがある。

ファンの皆さんにはもうお馴染みであるが、ここはスイッチバック駅なのだ。

一度後退して体勢を立て直す動きは国際救助隊の秘密基地のようでココロオドル。

まぁそんな浪漫溢れるスイッチバックも、カワサキくんは特に興味がないようであった。残念!!

聖高原駅
聖高原駅。木の看板がイカす。
聖高原駅
「試運転」という案内表示を初めて見た。
姨捨駅
姨捨駅。名勝。
姨捨駅
姨捨駅。駅舎の雰囲気も良い。



11時9分、長野着。

そろそろお腹がすいたのでE7系弁当という北陸新幹線全線開通記念駅弁を購入。

一方カワサキは信州寺町弁当を購入。

信越本線の車内で頂くことにする。

ここもボックスシートなので気兼ねなく食事ができるのが嬉しい。

だがこれもあと数ヶ月で三セクに移管されてしまう。

廃線の悲しみを裡に秘めつつも、

その新幹線の影響で廃線になる在来線の車内で、全線開通記念弁当を頬張る矛盾よ。

旅程はまだまだ半分近く残っている。

ここで体力を回復させ信越本線と北陸本線をよく目に焼き付けておかねばならないのだ。

「よし頑張るぞカワサキ!!」

「はい」

今イチ温度差がある感は否めないが、こうなりゃとことん行くしかない。

とはいえただ乗っているだけなのだから、次第に口数は減っていく。

「……」

「…………」

「………………」

「着いたよ」

カワサキの一言で我に返ったが時既に遅し、

あれほど楽しみにしていた信越本線の車内で爆睡こいてしまったのである。

爆睡こいて舟漕いで。

気付けばそこは終着・直江津

流石にちょっとショックだったが旅先で落ち込むとろくなことがないので、

強引に頭を切り替えることにした。

長野駅
長野駅。長野支社の駅名標は写真が用いられていて賑やか。

一息つくペンギン。
駅弁
北陸新幹線 Series E7弁当。
駅弁
新幹線経由地の名物をふんだんに使っている。
直江津駅
目覚めると直江津。
直江津駅
ブルートレイン(各停)。


さてここからはもう一つの廃線区間、北陸本線に乗り換える。

13時12分、直江津を発ち、富山へと向かう列車に乗り込む。

これまでは山中を北上する路線だったが、ここからは西方向へ下っていくことになる。

進行方向右手には雄々しく波打つ日本海を臨むことができる。

海が見られて少々興奮したのか、カワサキも饒舌になってくる。

駅名標には次の駅が平仮名で表記されているのだが、その漢字表記を当てるゲームなんかもした。

まずはカワサキが切り出す。

カワサキ「いくじだって」

俺「いく…地名とかって生きるを使ったりすんだよなぁ」

カワサキ「そうだね」

俺「生きるに、慈しむ!!」

カワサキ「あーね。ありそう」

俺「うわ生地だって」

カワサキ「ってか『きじ』じゃん。アハハ

さらに車内アナウンスに対して、カワサキは、

カワサキ「アメリカ?」

俺「いや滑川」

カワサキ「なめりかわ」

俺「そう、なめりかわ」

カワサキ「形容詞になったらナメリカン

俺「ならねーよ!!」

カワサキ「ナメリカンスタイル。アハハ

などとボケをかまし、テンションはどんどん上がっていった。

15時10分、アホな会話を繰り広げる我々を乗せた列車は富山に着いた。

実は廃線区間はこの先も金沢まで続くのだが、

富山-金沢間はもう既に2012年の一人旅で乗っているので、

北陸本線の乗りつぶしはこれで終わりである。

意外とあっけない幕切れだった。

日本海
最高のオーシャンビュー。
滑川駅
ナメリカンスタイル。
富山駅
富山駅。2年前より活気があるかもしれない。
富山駅
次は高岡へ向かう。


というわけでここからは存命路線の乗りつぶしへと向かうことになる。

まず富山からは北陸本線で高岡に向かう。

高岡には二つの盲腸線が乗り入れているのだ。

16時13分、まずは氷見線に乗車する。

氷見線は初めこそ山中を走るが、終点・氷見に近づくにつれ日本海が見えてくる。

海が大好きな私にとっては最高の路線である。

また高校生や高齢者たちで溢れており、地元に根ざした路線であるというのも、

故郷・栃木の真岡鐵道を想起させ、実に愛すべきファクターである。

彼らはあまり感じていないかもしれないが、毎日海を見ながら高校に通えるなんて羨ましい限りだ。

30分ほどかけて乗ってきた列車がそのまま折り返すため、終点・氷見では7分しか滞在できなかったが

こういうのももう慣れっこになってしまった。

再び高岡に着くと時刻は17時17分になっていた。

日は大分傾いてしまったが、今度は城端線に乗らなければならない。

17時28分、列車は城端を目指し出発した。

ここら辺になると流石にカワサキも疲れたのか口数が少なくなってきた。

朝から連れ回しておいて何だが、まだ疲れるほどじゃないだろと密かに思った。

さて城端線は氷見線よりも中高生で溢れかえっていた。

少々居心地の悪さを感じたが、特に絡んでこなかったので善良な高校生が多いのだろう。

しらんけど。

きっかり50分で城端駅に到着したが、駅前は真っ暗で、地方特有の淋しさに包まれていた。

しかも何が凄いって窓口が18時までしか開いていなかったということ。

ここで駅スタンプを押せなかったことが残念でならない。

高岡駅
高岡駅。氷見線と城端線の起点となっている。
氷見線
氷見線・城端線の車両。
日本海
窓を開けると海がきこえる。
氷見駅
氷見駅。地元民で賑わう。
城端線
城端線。色褪せた塗装がもの悲しい。
城端駅
18時を過ぎるともう真っ暗。


城端に15分滞在した後、本日3度目の高岡へ。

19時を過ぎており、流石にそろそろ腹が減ってきたが高岡での乗り換えは3分しかないため

次の津幡まで我慢することにしたのだが、いざ津幡に着いてみるとやっぱり何もない

北陸の過疎を案じつつコーンスープを啜った。カワサキは何も口にしなかった。タフだ

次に乗るのは七尾線、この日最後の路線となる。

さしもの私もここまでの疲労が出てしまい、またしても爆睡してしまった。

目的地は和倉温泉だが、直通がないので、一度七尾で降りる必要がある。

この待ち合わせで50分の時間ができたので夕食をとることに。

駅前はちょっと栄えた地方といった感じで、いくつかお店があった。

各地を旅していると、お店があるだけで栄えているという印象を持つようになるから不思議だ。

いや実際は結構な田舎だったけど。

とりあえず近場の中華料理屋で担々麺を食す。

冷え込んだ身体も温まり、最後の一踏ん張りである。

津幡駅
津幡駅。やっぱり街灯が全くない。
七尾線
七尾駅。ここはまあまあ開けていた方。

中華料理屋で担々麺を食す。冷えた身体が温まる。
七尾駅
七尾駅から和倉温泉駅に向かう。


和倉温泉行きはのと鉄道のホームからの発車だった。

一応JRの区間の筈なのだが、どういうことなのだろうか。

22時5分、最終目的地・和倉温泉駅に到着した。

辺りに灯りはほとんどなく、まるで深淵にでも落ち込んでしまったようだ。

和倉温泉駅
和倉温泉駅。歓迎してくれてはいるが…。
和倉温泉線
何もねぇ。


その光景を見せつけられた私とカワサキに一抹の不安が過ぎる。

果たして宿は本当にあるのかと。

ともすれば野宿になるのではないかと。

宿が存在していることを祈りつつ

真っ暗な道をグーグルマップを頼りに宿へ向かうと…

ビジネスホテル和倉


あった。

本日の宿・ビジネスホテル和倉は確かに存在した!!

だがロビーに電気がついていない。

おそるおそるドアを開けるが、果たしてフロントも暗いままであり、誰一人として出てくる気配はない。

ふとカウンターに目をやると、私宛のメモと鍵が置かれていた。

なるほど、どうやら勝手に入って休めということらしい。

いいのかこんなんで…

最悪の事態を避けられた我々は一目散に部屋へ直行し、ベッドに倒れ込んだ。

和室を予約したはずなのに洋室であった。

いいのかこんなんで…(5分ぶり2回目)

尤も、寝床にありつけた喜びが著しかったので、それは些末なことであった。

七尾で密かに買っておいたビールを一気に煽ったところで、初日の全行程が終了した。

(旅はビールを飲んでようやく一段落なのです。)

さて、この無謀な旅に付き合わされたカワサキ曰く、「疲れた。

翌日はもっと退屈になることなどつゆ知らぬカワサキに束の間の安らぎを。