初日 宇都宮→留萌



試される大地へ

 2016年7月13日12時53分。外はしとしとと雨が降っている。モノレールから降り立つと、そこは旅立つ人独特の空気感で満たされていた。宇都宮から鈍行を乗り継いでやってきたのは羽田空港。国内線とはいえ、2年ぶりのフライトに胸が高鳴る。

 今回の舞台は北海道。本当は新しく出来た北海道新幹線を使っても良かったのだが、短い夏休みを無駄にしないように飛行機を使う。そして道内では、普通列車はもちろん、特急も乗り放題の北海道フリーパスをフルに活用する。尤も、有効期間7日に対して休みは5日なので2日分は無駄になるが、それでもきっぷの代金以上の旅を楽しむつもりだ。そしてこのきっぷのいいところは、特急の指定席も6回分取ることが出来る点だ。周到なプランニングのため、既に宇都宮駅で5回分を発券してある。さあ、これが吉と出るか凶と出るか。

羽田空港第1ビル駅
羽田空港に到着。
宇都宮駅
初めてのスカイマーク便。タラップが短い。


 さて、北の大地へと向かう便は14時05分羽田発新千歳行のスカイマークである。搭乗券にはフライトの15分前には搭乗口に来いとあるので時間通りにゲートへ向かう。こちらは飛行機直結のタイプではなく、バスで移動するタイプだった。混み合うバスに揺られること数分、バスを降りると、実にこぢんまりとしたちみっこいヒコーキが。若干拍子抜けだが、ヒコーキはヒコーキ。落ちたら真っ先に死ぬような2列目の窓側のシートに座り、いよいよ羽田を発つ。


行くべ、北海道!!


大空と大地の中へ

 何度乗っても飛行機の離陸の瞬間というのはワクワクするもの。エンジン音が大きくなり、一気に加速。後ろへと押しつけられるG、そしてスッと宙に浮くような、というか実際に浮いているのだが、その感覚が体を貫く。機体は大きく右へ旋回し一路北海道へ。初めこそ曇り空だったが、次第に雲間から列島を一望できるほど晴れてきた。

 機内で改めて行程を確認する。この日と翌日で、留萌本線の廃止区間にある駅を全て訪問する予定なので、間違いは許されない。新千歳→南千歳→札幌→深川→箸別→朱文別→礼受→阿分→信砂→舎熊→留萌と回る。徒歩移動も含むが、これで廃止区間の9駅中7駅に行ける。そして翌日、瀬越→増毛と乗れば完全下車となる。我ながら完璧なプランである。そして飛行機は約10分遅れ、15時45分、新千歳空港に到着した。


列島上空から。
新千歳空港
北海道に降り立つ。乗ってきた飛行機はやはり小さい。


ドッグイヤーにご用心

 予定では16時15分の列車に乗ることになっている。空港を見て回る時間もさほどないので、さっさとホームへ行くことにした。自販機には「キリンガラナ」。ためらいなく購入して口にすると、改めて北海道に来たという実感が湧く。入線してきた鈍行で南千歳に向かう。ここから一駅の南千歳で、特急・北斗91号に乗り換えて札幌へ向かうのだ。

新千歳空港駅
2年ぶりにやってきた。
新千歳空港駅
北海道に来て最初の列車。


 たった3分で着いた南千歳に降り立ち、まずは駅スタンプの押印と駅舎の撮影をする。特急が来るまで5分あったはずだと、発車案内の電光掲示板を見ると、どこにも北斗91号の案内がない。嫌な予感がする。全身から変な汗が噴き出す。リュックから時刻表を取り出し、確認してみると…

時刻表
1623時南千歳発の特急に乗るはずだったのだが…
時刻表
運転日ちゃうやんけ!!


 あれほど間違いは許されないと言っておきながら、早々にやらかす。ドッグイヤーに隠れて「運転日注意」を見落とすという初歩的なミスだった。完璧なプランじゃなかった。ひとまず16時33分の普通列車で札幌を目指すことにするが、札幌に着くのは17時07分。予定では17時ちょうどに札幌を発つ特急に乗らなければならなかった。その後の留萌本線のダイヤを考えると、考えていた7駅というのは厳しい。とりあえず駅スタンプを押して駅舎を撮って次発を待った。

南千歳駅
駅スタンプと駅舎写真がコレクションに加わったので良しとする。
きっぷ
南千歳駅で札幌→深川の指定席券の時刻を変更した。


ソフトカツゲンという乳酸飲料が美味かった

 車内でプランを立て直し、札幌に到着。初めて降り立つ夏の札幌。駅スタンプがキツネ柄に変わっていた。17時30分発の特急・オホーツク7号で深川へ。指定席があるって素敵。さすがに疲れて少々寝てしまったが、乗り過ごすというヘマは回避できた。深川に着いたのは18時44分。ここから留萌本線になるが、深川-留萌はまだ廃止予定はないので、今回、この区間では全駅に降りることはしない。次が19時22分発なので近くのローソンで軽食と栄養ドリンクを買い、この後に備える。何せ、留萌からはひとっ走りしなければならないからだ。

札幌駅
札幌駅。北海道とはいえまだ陽は落ちていない。
特急・オホーツク7号
特急・オホーツク7号。乗り過ごすと網走まで行ってしまう。
深川駅
留萌本線起点の深川駅。
深川駅
右に見える列車で留萌へ。


エクストリーム・乗り換え

 20時20分。辺りがすっかり暗くなってしまったところで留萌駅に到着。さて、ここからが正念場である。廃止区間の全駅で乗るか降りるかするため、次の下り列車を留萌から乗らず、2駅先の礼受駅から乗ることにする。礼受駅まではGoogle先生によると約6キロ、徒歩だと1時間10分超。礼受発の下り線は21時21分発で猶予は約1時間しかないため、自ずと走ることになる。重いリュックを背負って、私は一人、エクストリーム・乗り換え(マラソン)を断行する。

留萌駅
20時20分、留萌駅に着いた。
留萌駅
駅前にはタクシー。誘惑に負けず、自分の足を信じる。


 これでも中学時代は駅伝で鍛えたのだ。たかだか6キロで音を上げるわけにはいかない。靴紐を締め直して気合いを入れ、いざスタートを切った。海が近いからか、街なかでも涼しい気候で走りやすい。だが、思いの外、道にアップダウンがあるのと、5日分の着替えやカメラが入ったリュックがじわじわと体力を奪っていく。そして日頃の運動不足がたたってペースが上がらない。意気込んだ割に、1キロも走らないうちにジョギング並のペースになってしまった。灯りも疎らな北海道。痛む脇腹を押さえながら、何やってんだ、と思う。だが、海に沿って走る国道231号に聞こえる潮騒と、漂う潮の香りは実に心地良い。Googleマップとにらめっこしながら、私はひたすら走った。

国道231号
灯りもない国道231号。くたびれた標識は趣がある。
国道231号
ようやく開けてきたのか遠くに信号が見える。右側はすぐ海。


自撮り棒は持ってませんでした

礼受駅
セルフィーイェーイ。


 つ、ついた…!! 普段の自分なら絶対にしないセルフィーを撮るあたりいかにテンションが上がっていたかが窺える。列車到着時刻まではあと15分ほどあり、割と余裕を持って着くことができた。いやー見事に誰もいない。橙色の電灯がもの悲しい。トコトコとやってきた留萌本線の下り列車をホームで待ち構えていると、運転士さんも若干驚いた表情を見せていた。そりゃあ日中だって利用者は疎らだろう駅から汗だくの男が乗り込んできたら驚きもするだろうが、私は涼しい顔してシートに座って息を整える。

 続いて信砂駅で降りる。運転士さんはまたしても「降りんのかい」みたいな表情で私を見送った。確かにここも何もない。さあ、どんどん行くぞ。今度は隣の舎熊駅まで歩いて上りの最終列車を待ち構える。ここは約1キロと短く、走らなくても余裕を持って着くことができた。珍しくセイコーマートがあったのでリボンナポリンを買って喉を潤す。舎熊駅には駅ノートがあったので記念に書き込んでおいた。

礼受駅
北海道ではお馴染み車掌車駅。劣化が激しい。
信砂駅
信砂駅。私を降ろすだけ降ろして行ってしまった。
舎熊駅
舎熊駅前。コンビニがあったのが嬉しい。
舎熊駅
舎熊駅ノート。




ご主人・女将の心遣いに涙

 21時59分、定刻通り留萌行の上り列車がやってきた。運転士さんは多分さっきと同じ人。またよろしくお願いします。人も殆ど乗ってないし、ボックスシートの窓を全開にさせてもらうと心地よい潮風が入ってくる。これほど鉄道旅の粋が詰まっているのに廃線になってしまうのは残念で仕方がない。22時13分、再び留萌へと戻ってきた。留萌から礼受まで走ると45分くらいかかったのに、列車だとほんの数分で戻ることができてしまうのが何とも。

 2時間前に駅前にいたタクシーは既に姿を消していた。さて、この後は歩いて1分の宿に向かうのだが、ご主人が駅まで迎えに来て下さった。さらに翌朝タクシーを使いたいと言ったら、わざわざ電話かけて予約して下さったのである。都会じゃまずない心遣いが身に染みる。素泊まりの旅人にここまでしてくれて実にありがたい。さて、なんとか4駅は回れたが、翌日に5駅残ってしまった。ということでまた朝早くからエクストリーム・乗り換えをしなければならない。風呂に入ったら疲れが一気に出たのか、早々と眠りに落ちてしまった。

舎熊駅
舎熊駅にやってきた留萌行の最終列車。
留萌本線
海に沿って見える街灯りが素敵だ。
留萌駅
再び降り立った留萌駅。
光陽館
この日の宿。ご主人と女将さんの優しさに心打たれる。